突然訪れる介護。未知の世界と無知との闘い

私は、父がある日脳梗塞で倒れ、そのまま入院、半身麻痺となり介護が必要な状態になりました。

父の場合は、糖尿の持病があり、心臓にも不安があったため、施設を選択するより、病院での入院生活を主体としていました。

まず一番最初に、病院から介護保険の申請をしてくださいと言われたのですが、正直なにがなんだかわかりませんでした。

とりあえず役所に行き、申請をしましたが、役所に行った際も入院中は必要ないですけどっていわれたりして、自分たちはなんのために窓口に行っているのかもわかりませんでしたが、窓口で分からないので利用の仕方を教えてくださいといいましたが、特に何かを教えてくれたわけでもありませんでした。

入院期間が長引き、麻痺も改善する見通しがなかったため、担当医から身体障害2級ないしは3級の判定を受けれるのではないかという話をきき、しばらくして今度は、身体障害の申請窓口にいきました。

家族の身体障害の申請をしたいのですが、書類をいただけますか?というと、いきなり「誰にそんなこと言われてきたんですか!!」と罵声を浴びせられました。

キレそうになりながら、担当医からのすすめですがと答えるとはじめて「失礼しました。
とりあえずけがが長引いたりとかして障害にしてしまおうと安易に考え申請する人が多いので、そういう方なのかと思いまして…」といわれました
障害者の申請は、たまたま指定医が最初に脳梗塞の診断をしてくれた病院だったため、順調にいき1級の判定がつきました。

しかし、手帳をもらいに行った際も受けれるサービスなどは、パンフレットをポンとわたされ、これとこれととか○をして、あとは読んどいてくださいと言われました。

長年、税金を納付して保険料もきちんと納めていても、いざとなったときの自分たちがどういうサービスが受けれるのかというのが、ほんとに分からない。

私は、市役所で何度も分からないので、教えてくださいといいました。

一番ひどかったのが、健康保険の窓口で、父が倒れてすぐに保険料の減免相談をしていたのですが、その減免されていたと思っていた金額が、2年後に滞納として請求がきました。

なぜ翌年に請求が来ず、2年たってから滞納金として請求が来たのか説明を聞きに窓口に行ったのですが、最初に話していた人が、督促担当者に確認しますといって、督促担当者が来たとたん、いきなり「こっちはきちんとやってるねん!知らんいうてもごまかし利かんぞ!」と恫喝してきました。

最初に相談していた担当の人が、この方そういうかたでないので!とすぐ言いましたが、あたしもアタマにきて「教えてくださいって来てるのに、いきなり悪質滞納者扱いするなんで、相談しにきた意味ないやないですか!!」と言ってしまいました。
勘違いとは言え恫喝されたショックもあり、その場で号泣してしまい、職員のかたも平謝りでしたが、その職員のかたは早々に逃げていきました。

結局、市役所は何も教えてはくれないし、助けても相談にのってもくれないという現実を思い知るハメになりました。

入院中、身体障害者として交付してもらった装具などは、ある病院ではそれを他の人のリハビリでも使わせてほしいと平気で言ってくるところもありました。

父が、自分で足漕ぎができるように自前の車いすを作りたいと申し出ても、車いす作るならこの病院から出てくださいと言われたこともあります。

父個人の装具や車いす(知人の亡くなった身内が使用していていただいたもの)を勝手に占有するなど、ほんとにひどいことが多かったです。

介護士さん不足の病院では、男性の介護士さん一人で入浴介助をしていたため、父を抱えたまま転び、父が腕を骨折したこともあります。

困ったことがあれば全てネットで調べました。
介護資格の種類にもいろいろあることがわかりました。

ある時はそういう相談に乗ってくださるサイトに相談してみたり…。

父が障害者になっても入院していたので、入院費と自分たちの生活費が二重にのしかかってくるという現実があったので、家族で世帯分離をして、父を単身者とし、保険料などの負担を下げ、姉が父を障害者扶養として確定申告し、

税金を減免してもらったり、私は、父の医療費の領収証を自分の確定申告で医療費控除として申告し、税金を減免するなど、
こういう節税方法も、役所ではなくすべてネットで調べて、自分たちの生活が少しでもくるしくないよう、父がきちんと治療が受けれるようにしてきました。

時々、同じように突然家族が倒れた友人などがいると、こういう風にするんだよと自分の体験を話して、その人たちが自分たちのように損したり困らないように相談に乗ってあげるようにしています。

役所も、病院のソーシャルワーカーさんたちも悪い方々ではないのでしょうが、本当に必要な情報や、サービスに関しての相談にはなかなかのってくれません。

父はもう亡くなりましたが、本人が一番苦しかったと思います。
穏やかに過ごさせてあげたかったです。